【連載】ヴィオラ弾きのドイツ便り [Season 1 / Grüße aus Deutschland]


第1回:ヴィオラの矢崎です。


2週間にわたるバロック・オーケストラの演奏会、レコーディングの仕事が終わり、夕方に旅先から帰ってくる途中に電話が鳴る。マンハイムから1時間ほど離れた街の劇場のオーケストラのマネージャーからで、病欠が出たので急遽週末のタンホイザーのプリミエ、もしできたら明日、明後日のハウプト・プローべ(HP)とゲネプロ(GP)にも 弾きにきてもらえないでしょうか?とジャンプインの依頼。タンホイザーは何度も弾いているし、前日に急にキャンセルになった演奏会があり空いている日程だったので引き受ける事にすると、電話の向こうからは見つかってよかった!と安堵の声が。

ハイデルベルク交響楽団のハイドン交響曲全集27&28集の録音セッションにて。

(マンハイム国民劇場のオーケストラピット、ヴィオラの席からの眺め)

私のヴィオラ奏者としての活動は大きく分けて古楽器とモダン楽器の2つになります。古楽器での演奏は、オーケストラの自主公演の演奏会や演奏旅行、録音といった比較的大きなプロジェクト、そして週末の教会合唱団との演奏会といった単発のもの。モダン楽器では日本語ブックレットを担当させてもらったハイドンのCDのハイデルベルク交響楽団(Heidelberger Sinfoniker)、それ以外はその合間を縫っての劇場のオーケストラなどへのエキストラとしての出演が主なものとなります。後者の劇場のオーケストラなどの常設の公営団体の場合はもともと固定の団員がいる為、欠員が出て奏者を補充しないといけない場合にエキストラを雇う事になります。その為直前に頼まれる事が多くはじめに書いた様な状況が起こるのです。

東京音大時代から古楽器、ピリオド楽器、そしてガット弦の響きが大好きでした。当時門下生ではなかったにもかかわらず色々とお世話になっていたヴァイオリンの鷲見康朗先生からバロック・ヴィオラを貸していただき、先生とその門下生とのアンサンブルに参加したりレッスンを受けたり。また音大のバロック研究会で、リコーダーの大竹尚之先生の指導で古楽全般の勉強やモダン楽器を使ってのピリオド奏法の研究などもしていました。そして少しでも空き時間があれば音大図書館に篭って気になる録音を聞く。古楽と並んで好きだったのは20世紀前半の古い録音、そしてロマン派以降のオーケストラ作品。とにかく片っ端からありとあらゆる音源を引っ張り出し、時にはスコアを借りてきてそれを見ながら。音大の帰りには、時間があれば友人と(ラーメンを食べたり)中古CDショップやHMV、タワーレコードといったお店に頻繁に通い、何か面白いものはないかと探す日々。練習時間よりも、音楽を聴いている時間の方が実は長かったのかも。。。

そんな日本での音大生生活の中、少しずつヨーロッパへの憧れの様なものを感じていました。録音で接する海外の地域性豊かな演奏、古楽器演奏も盛んで、そして既に当時後期ロマン派の音楽までピリオド楽器で演奏する人たちがいる。そんなところに留学をしたいと漠然と思う様に。また大学4年生の時に、楽器職人を目指してイタリアへ渡った知人を訪ねてクレモナに行った事もその思いを強くする事となりました。ちなみに今、自分の弾いているモダン、バロックの両方の楽器はその知人、現在ローマ郊外に工房を持つ小林肇さんの楽器です。

それと同時にバロックを専門に勉強したい気持ちも大きくなってきていました。ただヴィオラ専攻でバロックを勉強する事は、当時はまだ不可能(今ではドイツなどでバロック・ヴィオラ科のある音大もあります)。設立されたばかりの芸大の古楽科、留学するにしてもバロック・ヴァイオリン(もしくは他の楽器)に転向する必要がありました。バロック・ヴァイオリンを勉強する事自体は非常に魅力的な選択肢ではあったのですが、その時点でモダンのヴィオラを一時的で中断する事が、モダン楽器から逃げ道を見つけるかの様な中途半端な姿勢に感じなくもなかったり。そんな葛藤の末、モダン・ヴィオラで勉強を続ける事での留学を決断したのでした。

ドイツ・マンハイムの音大に入学してからは、安い学生券で多くの演奏会を聞く事ができました。日本の音大時代にも学生券の安く手に入るN響などは毎月の様に聞きには行っていましたが、ドイツでの学生時代、特にそのはじめの3、4年間ほど演奏会に多くに通った事は後にも先にもありません。基本的に地元の演奏会、劇場が中心ではありましたが、時々フランクフルト、シュトゥットガルト、バーデン・バーデンといった近くの有名演奏家が多く客演する近くの街まで足を伸ばす事も。ヴァントの最後の演奏会のブルックナー、アーノンクールとヨーロッパ室内管、マンハイムの劇場オケでのアダム・フィッシャーのマーラー、当時大きな話題となっていたノリントンとシュトゥットガルト放送響、ギーレンやハンス・ツェンダーの指揮するSWR響などなど、それらは正に夢の様なかけがえのないない体験であり、今の自分のとって大きな財産となっています。

もちろん本業である音大生としての学業も、マンハイムの音大での恩師である小林秀子先生のレッスンでのソロの勉強の他に、弦楽四重奏など数多くの室内楽を弾いたり、非常に充実した学生生活を送る事ができました。またその学生生活の傍ら、教会合唱団の演奏会でのオーケストラの仕事、そして劇場のオーケストラの研修員、期間契約団員を経験する事ができ、そこで自分がオーケストラで弾く事、そしてオーケストラの音楽というものが大好きである事に改めて気付く事になりました。ただ同時に、モダン楽器を弾いていて自分が本当は何をやりたいのか分からなくなる事も。これは日本にいた時から感じる事もあった、迷いの様な感覚でした。

そんな時、たまたま他の仕事で一緒だった知人に推薦されて弾きはじめたのがハイデルベルク交響楽団での活動です。モダン楽器でのピリオド奏法を基本としたこの団体の方向性、これはアーノンクールの演奏などを通して非常に興味があった事で、正にやりたい音楽がそこにあったのです。まだ当時ドイツで古楽器を弾いていなかったからこそ、これは大きな喜びでした。それに続いて、マンハイムの音大の演奏課の職員でハイデルベルク交響楽団でも弾いていたチェロ奏者から、音大所蔵のバロック・ヴィオラを使って校内の演奏会をやらないかとお誘いを受けたのです。そして、ついでにその楽器で古楽器の仕事もやらないとも。とんとん拍子に話が進み、彼も弾いているバロック・オーケストラで古楽器奏者として第一歩を踏み出す事ができたのです。

もちろん古楽器を手にしただけで古楽器奏者になれる訳ではありません。いくら日本にいた時から色々なセミナーに参加したり、独学で古楽の勉強はしていたとは言え、それを専門に大学で勉強した訳ではないのですし。バロック・ヴィオラ科というもののある音大もあるためそこでの勉強を考えた事もありましたが、古楽を専門に勉強するのであるならヴァイオリンをやりたいという思いと、そもそも仕事と並行して再び音大に通う事は自分にとっては難しい。幸い今ではヴィオラで参加のできる古楽器の講習会や室内楽、オーケストラのアカデミーも多く開催されており、仕事の都合をつけて色々と参加する事もできました。あとは自分での勉強と、実践での経験から学ぶ事、この点に関しては自分の興味が尽きない限り終わりのない追求です。

再び古楽器に出会いそれを続けていく中で、最近ではロマン派、後期ロマン派のピリオド演奏も経験していて、それが自分にとって一番好きな活動と言っても過言ではありません。シュポア、ダヴィット、ヨアヒムなどの教本から奏法、表現法を見直していく。その中から自分がモダン楽器を弾いていて頭の隅にいつも感じていた疑問、それを解決してくれる大きなヒントを掴みかけているような気がします。大好きな音楽、古楽器とガット弦の響き、20世紀前半の個性的な表現に満ち溢れた歴史的録音、そして古楽器演奏、それらが19世紀の奏法や解釈を掘り下げていくと一つ線で繋がる気がする。自分がヴィオラでソロを人前で弾く機会は滅多にありませんが、今なら例えばシューマンやブラームスをもっと楽しんで弾く事ができる。実際家で弾いてみると以前とは全く違う感覚でそれらの音楽に接する事ができ、そこから新たな発見がある喜びを感じる事ができています。そこまで辿り着くまでに、色々と廻り道をしていたのかもしれません。廻り道をした分、色々な事を勉強する事ができた、その全てがあるからこそ今の自分があると思っています。

次回からは、今回書かせてもらった内容にリンクする話題、自分自身の活動、ドイツの音楽事情、時には音楽を離れた美味しいものの話などをお届けしたいと思っています。

ハイデルベルク交響楽団のハイドン交響曲全集27&28集の録音セッションにて。

(ハイデルベルク交響楽団のハイドン交響曲全集27&28集の録音セッションにて。)





矢崎裕一(ヴィオラ)Yuichi Yazaki

東京音楽大学卒業後に渡独。マンハイム音楽大学修了。在学中よりハイデルベルク市立劇場管、後にマンハイム国民劇場管、ハーゲン市立劇場管に所属。
2005年からハイデルベルク交響楽団の団員としても活動している。現在はマンハイム国民劇場、シュトゥットガルト州立歌劇場、カールスルーエ州立劇場などに客演する傍ら、古楽器奏者としてコンチェルト・ケルン、ダス・ノイエ・オーケストラ、ラルパ・フェスタンテ、マイン・バロックオーケストラ、ノイマイヤー・コンソートなどでバロックから後期ロマン派に至るピリオド楽器演奏に取り組んでいる。シュヴェッツィンゲン音楽祭にてマンハイム楽派時代の楽器による室内楽演奏会でミドリ・ザイラーと共演。
その他にアマチュアオーケストラの指揮、指導者としても活動中。これまでにヴィオラを河合訓子、小林秀子、デトレフ・グロース、室内楽をスザンナ・ラーベンシュラーク、古楽演奏をミドリ・ザイラー、ウェルナー・ザラーの各氏に師事。
ドイツ・マンハイム在住。
Twitterアカウント→@luigiyazaki


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