【連載】ヴィオラ弾きのドイツ便り [Season 1 / Grüße aus Deutschland]


第3回:コンチェルト・ケルンでのロマン派プロジェクト


2022年10月中旬にケルンでのコンチェルト・ケルンでのドイツ・ロマン派の作品を演奏するプロジェクトに参加してきました。この団体では2018年からケント・ナガノの指揮で"Wagner Lesarten"(ワーグナーを読み直す、という様な意味)という「ニーベルングの指輪」を1876年のバイロイトでの初演時の楽器、演奏スタイルで再現する事を目的としたプロジェクトが始まっています。これまでにベルリオーズ、ブルックナー、ワーグナー、パガニーニ、ドビュッシー、オッフェンバックなどの作品での演奏会と、「ラインの黄金」の演奏会形式での公演が行われました。

今回のプロジェクトはその"Wagner Lesarten"とは別のシリーズでコンチェルト・ケルンのコンサートマスターを務めるヴァイオリンの佐藤俊介くんの指揮とソロ、そしてピアノのソリストにトビアス・コッホを迎えての企画でした。プログラムはメンデルスゾーン「11の管楽器による夜想曲」(のちに作曲者自身により「吹奏楽のための序曲」に編曲されている)、R・シュトラウス「13管楽器のためのセレナード」、リスト「ピアノと弦楽オーケストラの為の"呪い"」、ワーグナー/ウィルヘルミ「アルバムの綴り」、ワーグナー「ジークフリート牧歌」。ケルンとその郊外の街での2回の演奏会と、そのプログラムでのCD録音も行われました。

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録音会場のヴッパータールのインマヌエル教会

19世紀期作品のピリオド楽器演奏。ドイツではメンデルスゾーン、シューベルトあたりまでですと古楽器オーケストラで頻繁に演奏しますが、楽器は古典派仕様のものを使う事ほとんどで、解釈もあくまで古典派の延長線といった形が一般的です。またヴェルディやブラームス、そしてエルガーなどの後期ロマン派の作品もピリオド楽器での演奏も何度もしていて、ヴィブラートの抑制されたガット弦の響きの美しさなどに魅了されるものです。しかし、19世紀後半特有の弦楽器奏法をより踏み込んで徹底していくところまでは達していない事がほとんどです。

19世紀と一言でいってもその100年の間で楽器、奏法、解釈とも大きく変化しています。しかし弦楽器の弓は既に19世紀初頭に、そして楽器自体は1820年頃には現在の"モダン楽器"と言われるものと基本的に同じタイプが製作されていて、また古い楽器は(ストラディヴァリウス、グァルネリなどの17、18世紀の名器も)その時期に新しいスタイル(モダン仕様)にする為に、ネックが付け替えられるなどの大きな改造が行われています。もちろん製作者によってはより古いスタイルものや独自のものも制作されていたでしょう。また演奏家によっては、古いタイプのものを使い続けていたかもしれません。

そして弦はもちろんガット弦、低い弦には金属が巻かれているものも使われてはいたはずですが、高い弦はピュア・ガットと呼ばれる金属が巻かれていないタイプのものです。スチール弦はバロックの時代から既に存在し、弦楽器でもヴィオラ・ダモーレの共鳴弦などに使用されてはいますが。しかし基本的にはヴァイオリン属で使用されるのは20世紀に入ってからで、切れやすいヴァイオリンのE線から徐々に使われる様になっていったと言われています。

ドイツ・ロマン派の時代の弦楽器の奏法は1832年頃のシュポア、1863年のフェルディナント・ダヴィッド、そして1905年のヨアヒムといった19世紀を代表するヴァイオリニストの書いた教本などから、それぞれの時代の奏法を読み取る事ができます。例えば顎当てを発明(1820年頃)したシュポアの教本には、彼自身が自作の曲をどの様に弾くか、指遣い、ボーイング、そしてテンポの変化、どこにどの様なヴィブラートをかけるかなどが細かく書かれているのは、当時の解釈を知る上でも非常に興味深いものです。

教本の記述にはもちろん人により異なる意見もありますが、その中から簡単にロマン派の特徴的なものとして、ポルタメントがかかりやすい指遣いのポジション移動、弓を飛ばすスピッカート奏法は現代ほどは使われていない(フェルディナント・ダヴィットは弓が弦から完全に離れてしまってはいけないと記している)、その代わりに弓の上半分でのデターシュ奏法は頻繁に使われていた、ヴィブラートは使われていたが装飾的で現代の様な幅の広く常時かけるものではなかった、テンポは一定の枠の中で自然に変化(伸び縮み)する、などを挙げる事ができます。

また20世紀初頭のヨアヒム、イザイ、ウィルヘルミ、ロゼーなどといった19世紀から活躍していた演奏家の録音を聞く事も非常に興味深い事です。それは現代から時代を遡って見ていくかの様な作業です。録音状態は現代のものとは比べ物にならない、中には聞きにくい程のものも多くありますが、それでも残された音源から後期ロマン派の時代の奏法、演奏解釈の垣間見る事もできます。例えば1903年にベルリンで録音されたヨアヒムの演奏、特にその中でも彼の自作自演である「ロマンス」の音源から聴けるポルタメントなどの奏法、自由なルバートやリズムの崩し方などは現代とは大きく異なるもの、また彼自身の教本と照らし合わせても大変興味深いものです。

このロマン派の弦楽器の奏法を探る作業をやっていくと、古楽器によるバロック音楽の演奏と現代のモダン楽器の奏法が19世紀の演奏法によって一つの流れに繋がるように感じられるのも面白い事です。いくつかの革新的な変化のあった時代はありますが、基本的に少しずつ変化して受け継がれてきている様子が徐々に見えてくるのです。そこから伝統的と言われる演奏法や解釈が、実は非常に短い間のものであったと言う事、またその伝統的なものの中に実際当時から受け継がれたものも数多く隠されているなど様々な興味深い事に気付かされます。

今回ケルンでのプロジェクトは、去年のケント・ナガノ指揮での「ラインの黄金」に至るまでの長い準備期間を経てロマン派の奏法の経験を積み重ねてきたメンバーが中心である事は大きな強みでした。それをベースに俊介くんが細部まで徹底して細かな弓の使い方や、ポルタメント、表現としてのヴィブラートなどをリハーサルしていく時間は非常に充実したものでした。演奏会では彼の見事な表現に満ちたエネルギッシュな指揮により、それまで準備してきた事が音楽に結びついていくのを実感できました。

ガット弦とヴィブラートの少ない響きで、幾重にも重なり合った音が透明感のある和音で響き、作品が自ずと多くの表情を見せてくれます。そこにポルタメントによって大きな跳躍のある旋律を限りなくレガートで歌わせたり、ヴィブラートをかける事で音色を変化させ、ルバートで大きな感情のうねりを描いたり。弦楽合奏のこれほどまでに変化に富み、色彩感豊かでうねる様な深い響きの美しさは今まで経験した事のないものでした。

そして佐藤俊介くんのソロ。ガット弦の特性を生かしきった太く力強くも暖かい響きから繊細なピアニッシモまで、無限にあるかの様な音色の変化は圧巻でした。必然性を伴った美しい自然なポルタメント、ルバート、絶妙に音色の変化として使われるヴィブラートがさらに表現を深めていく。正に蓄音機の中の巨匠がそこに蘇ってきたかの様な音楽。ヴァイオリンという楽器の演奏法には、これ程までに多くの表現手段があったという事に気付かされる思いでした。

ここまでは弦楽器の話ばかりでしたが、簡単に管楽器の話も(あくまで弦楽器奏者の視点ですが)。今回はジークフリート牧歌はもちろん、管楽アンサンブル2曲など管楽器の出番の多いプロジェクトでした。基本的に管楽器奏者が使用していた楽器は19世紀後半にドイツで使用されていたであろう楽器、もしくはその楽器のコピーです。メンデルスゾーンは他の曲に比べて1824年と作曲年代が早い時期の作品ですので、今回使用した楽器は初演時とはタイプの異なるものである事は確かですが、クロマティック・バスホルンと言われるオフィクレイドに似た低音楽器を使用していました。

「ラインの黄金」などのプロジェクトの時もですが、この後期ロマン派の時代の管楽器は現代の楽器と比べて想像以上に響きが違うのに驚かされます。バロック、古典派の時代のものに比べて構造上は大きく現代の楽器に近づいているのですが、木管楽器、金管楽器というグループでの響きの統一感以上に、それぞれの楽器が個性を強く感じさせる音色を持っています。また特に金管楽器は絶対的な音量が現代のものほど大きくはないのですが、その分強奏時も他の楽器とのバランスが取りやすく、より人の声に近い自然な響きを感じます。

そしてピアノ。リストの曲で使用されたピアノは1832年製のエラール、ちょうど今回演奏した「ピアノと弦楽オーケストラの為の"呪い"」の作曲年代と同時期の楽器です(1833年作曲と推測される)。ソリストのトビアス・コッホは、デュッセルドルフ音大の教授であり、また数多くのピリオド楽器でのロマン派作品の録音をしている正に時代鍵盤楽器のスペシャリストでもある人です。その彼がエラールで弾くリストは、冒頭から正に楽器の限界ぎりぎりの表現を聞く思いで、それだからこその強烈な音楽、1833年に書かれたとは信じ難い前衛的とも言える響きに驚かされるものがありました。現代のピアノで聞くとあまりにも楽器が余裕を持って美しく響くので、この時代楽器から聞ける楽器自体が出す表情、表現が聞こえてこないのです。

19世紀の楽器、演奏法を研究していくと、その時代の作品がロマン主義であるだけでなく演奏する側も含めてロマン主義の時代であった事に気付かされます。ベルリオーズやリストが強烈な表現意欲に満ちた作品を書いた様に、演奏家もそこから感じたものをどの様な手段を持って余す事なく表現するか。それを可能する為に楽器、奏法、技巧、演奏スタイルというものが変化していったという事を改めて強く感じました。そして、その表現方法を探求していく事によりロマン派作品がより身近に感じられ、より自由な表現の可能性につながる様に思います。それと同時に今までロマン派作品を演奏する時に感じていた違和感の様なものが、少しずつ解決していくのも嬉しい事です。

この様なピリオド解釈を研究していくのは、決して「正しい」演奏を目指してるからではありません。ロマン派だけでなくバロックも古典派でも同じ事ですが、譜面を読む、演奏する感覚をその作品が作曲された時代の人のものにどうやったら少しでも接近できるか、その挑戦だと思っています。楽譜という実は音楽を伝えるのには不完全なものから、どうやって作曲家が伝えたかったもの少しでも多く読み取る事ができるか。作曲家や当時の演奏家との少しでも多くの共通理解となり得えそうな情報を集め知識として消化してして演奏できれば、もしかした少しは作曲家が求めた、その時代に奏でられた音楽に近づけるかもしれない。正にその好奇心の追求なのです。

このロマン派シリーズ、次回は再びケント・ナガノ指揮でのワーグナー「ラインの黄金」です。次回はドレスデン祝祭オーケストラというピリオド楽器の団体との合同になり、6月にドレスデンで演奏会、そして8月にはルツェルン音楽祭(8月22日)などのツアーが計画されています。私は今のところ8月のツアーに参加予定です。

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ケルンのラウテンシュトラウフ・ヨースト博物館での演奏会の後、指揮、ヴァイオリンの佐藤俊介くんと。




矢崎裕一

矢崎裕一(ヴィオラ)Yuichi Yazaki

東京音楽大学卒業後に渡独。マンハイム音楽大学修了。在学中よりハイデルベルク市立劇場管、後にマンハイム国民劇場管、ハーゲン市立劇場管に所属。
2005年からハイデルベルク交響楽団の団員としても活動している。現在はマンハイム国民劇場、シュトゥットガルト州立歌劇場、カールスルーエ州立劇場などに客演する傍ら、古楽器奏者としてコンチェルト・ケルン、ダス・ノイエ・オーケストラ、ラルパ・フェスタンテ、マイン・バロックオーケストラ、ノイマイヤー・コンソートなどでバロックから後期ロマン派に至るピリオド楽器演奏に取り組んでいる。シュヴェッツィンゲン音楽祭にてマンハイム楽派時代の楽器による室内楽演奏会でミドリ・ザイラーと共演。
その他にアマチュアオーケストラの指揮、指導者としても活動中。これまでにヴィオラを河合訓子、小林秀子、デトレフ・グロース、室内楽をスザンナ・ラーベンシュラーク、古楽演奏をミドリ・ザイラー、ウェルナー・ザラーの各氏に師事。
ドイツ・マンハイム在住。
Twitterアカウント→@luigiyazaki



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