【連載】ヴィオラ弾きのドイツ便り [Season 1 / Grüße aus Deutschland]
番外編1:シュパーゲルの名産地シュヴェッツィンゲン
シュヴェッツィンゲンのレストラン"ツム・リッター"、シュパーゲルのオランデーソース、ハーブ入りのクレープ添え。 ドイツの春の味覚といえばシュパーゲル(Spargel)、白アスパラガスです。4月の半ばごろから本格的に出荷が始まり、毎年6月24日が最終出荷日(次のシーズンへ向けて初霜までに根に栄養を蓄えさせる必要があるので)となっていています。シュパーゲルという単語自体は白に限らずアスパラガスを指す言葉ですが、ドイツでは白が主流なのでシュパーゲルというと通常は白アスパラガスの事になります。
お城前の広場にある、シュパーゲル売りのモニュメント。
ドイツにいくつかあるシュパーゲルの産地の中でも、最も有名な場所の一つであるシュヴェッツィンゲン。私の住むドイツ南西部のマンハイムから近郊電車で15分ほど南へ行った人口2万人強の小さな街で、マンハイムを起点とする古城街道の2つ目の街でもあります。ここにはプファルツ選帝侯(宮廷はハイデルベルク、1720年からマンハイム)の離宮である大きな庭園が有名なお城があり、そのお城前の広場にはこの時期になると毎日シュパーゲル市が出て、街のレストランでも地元産を使った様々な料理が提供されます。
シュヴェッツィンゲンでは、ちょうどシュパーゲルの季節にも重なる4月下旬から5月下旬にかけてSWR(南西ドイツ放送)主催のシュヴェッツィンゲン音楽祭が城内の会場で開催されます。小規模のオペラ、室内楽、古楽など比較的規模の小さな団体やソロ・リサイタル中心の音楽祭ですが出演者は非常に豪華な顔ぶれです。またこの街はマンハイム、ミュンヘンなどの宮廷楽団でチェリストを務めた作曲家のフランツ・ダンツィの生まれた街でもあり、モーツァルトも1763、1777、1790年の3回このお城を訪れています。
シュヴェッツィンゲン城の中にあるロココ劇場、ハイデルベルク交響楽団で定期的に演奏する会場の1つ。
さて、シュヴェッツィンゲンがシュパーゲルでなぜ有名なのか?このお城がドイツで最も早く白アスパラガスの栽培が行われた場所であるのが、その理由のひとつです。その歴史は1668年まで遡り、当時のプファルツ選帝侯のカール・ルードヴィッヒによりお城の広大な庭園内での栽培が始まりました。その後18世紀半ば、マンハイム楽派で一世を風靡した選帝侯カール・テオドールがバイエルン選帝侯を継承する事になり、彼が1778年にマンハイムからミュンヘンに移った時にシュパーゲル栽培の伝統もこの地から一度忘れられる事になります。マンハイム楽派の宮廷楽団の多くの音楽家が選帝侯と共にマンハイムからミュンヘンへ移り、その歴史に終止符を打つ事になるのと同じ様に。
その後19世紀前半シュヴェッツィンゲンのお城の庭園を管理していた庭師の手によりシュパーゲル栽培は復活し、それが徐々に地元の農業に取り入れられる様になります。1894年には初めてシュパーゲル市場も開かれ、新たな品種の育成の成功などもありシュヴェッツィンゲンはシュパーゲルの産地として有名になっていきます。もちろんこの街のシュパーゲルが有名なのはその品質にも理由があります。大きく蛇行するライン川沿いの昔から氾濫を繰り返して堆積した地域で、その土地は肥沃な上に砂を多く含み水捌けが良いシュパーゲルには最適と言われる土壌と言われます。またドイツとしては日照時間が長く温暖な気候がシュパーゲルの栽培に非常に適しているのです。
シュパーゲル栽培も行われたシュヴェッツィンゲン城の庭、ヴェルサイユ宮殿を模倣したと言われる美しい庭園。
シュパーゲルは白いまま成長させる為に盛り土をして光を当てずに栽培されますが、通常はそれに加えて光を遮ったり、地面を温める為に地面を覆うシートを使用します。寒さに弱いシュパーゲルの成長を早める効果がありますが、シュヴェッツィンゲンでは伝統的な栽培にこだわり基本的にシートを使わない方法が取られています。その為に出荷時期は気候に左右されますが、時間をかけてじっくりと成長したシュパーゲルなので美味しいとも言われます。
この地域の良質なシュパーゲルは農家での直売所、もしくはお城の前のシュパーゲル市場などで販売されます。太さによって3つの等級、白と地面から頭を出したところにほんのりと色がついたヴァイオレットの2種類があり、その日の朝に収穫されたものが直ぐに並ぶので非常に新鮮です。今は、農家の直売所は街中から少し離れた畑の近くのところが多いのですが、現在も1軒の農家が街中に販売所を出していて多くの人が訪れています。
街中唯一のシュパーゲル農家の販売所、後ろに自動皮剥き機があり希望すれば無料で皮剥をしてくれる。
ドイツ人にとってのシュパーゲルは、家に買って帰りそれぞれの好みで調理する家庭料理と言えるものです。茹でたものにオランデーズソース、又は溶かしたバターをかけて、そこにじゃがいも、ハム、スモークサーモン、シュニッツェル、クレープなどを好みで添えて食べるのがスタンダードですが、炒め物、揚げ物、茹でたものを冷やしてのサラダ、グラタンに入れたり、茹でた残り汁からスープやリゾットを作るなど、楽しみ方に様々なヴァリエーションがあります。
これらのシュパーゲル料理には辛口の白ワインを合わせる事が多く、特にワインの産地に囲まれたこの地域は地元の美味しいワインには事欠きませんが、シュヴェッツィンゲンには人気のあるビール醸造所が2つあり、その直営レストランでもシュパーゲル料理を味わう事ができます。お城前の広場に面した1831年創業の"ツム・リッター"は醸造所レストランで、ここのビールはこのレストランでしか飲む事ができません(持ち帰りはできます)。もう一つの"ヴェルデ"は1752年に選帝侯カール・テオドールによって醸造許可を与えられた事に歴史を発し、現在はマンハイム、ハイデルベルクなど周辺地域ではよく目にする銘柄です。それらのレストランで新鮮な地ビールと一緒に味わう地元のシュパーゲルは、特別な味わいがあるものです。
シュヴェッツィンゲンの2つの地ビール、"ツム・リッター"と"ヴェルデ"。
矢崎裕一(ヴィオラ)Yuichi Yazaki
東京音楽大学卒業後に渡独。マンハイム音楽大学修了。在学中よりハイデルベルク市立劇場管、後にマンハイム国民劇場管、ハーゲン市立劇場管に所属。
2005年からハイデルベルク交響楽団の団員としても活動している。現在はマンハイム国民劇場、シュトゥットガルト州立歌劇場、カールスルーエ州立劇場などに客演する傍ら、古楽器奏者としてコンチェルト・ケルン、ダス・ノイエ・オーケストラ、ラルパ・フェスタンテ、マイン・バロックオーケストラ、ノイマイヤー・コンソートなどでバロックから後期ロマン派に至るピリオド楽器演奏に取り組んでいる。シュヴェッツィンゲン音楽祭にてマンハイム楽派時代の楽器による室内楽演奏会でミドリ・ザイラーと共演。
その他にアマチュアオーケストラの指揮、指導者としても活動中。これまでにヴィオラを河合訓子、小林秀子、デトレフ・グロース、室内楽をスザンナ・ラーベンシュラーク、古楽演奏をミドリ・ザイラー、ウェルナー・ザラーの各氏に師事。
ドイツ・マンハイム在住。
Twitterアカウント→@luigiyazaki