【連載】ヴィオラ弾きのドイツ便り [Season 2 / Deutsche Orchesterlandschaft]


第2回「ドイツのオーケストラ事情、その2〜公立劇場」


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ドレスデンのザクセン州立オペラであるゼンパー・オーパー、ゼンパーはこの建物の設計者の名前。


前回の記事で、129団体あるドイツの公立オーケストラのうち81団体が劇場で活動するオーケストラである事を書きましたが、今回はその劇場オーケストラの活動を理解する上でぜひ皆様に知っておいてもらいたい、ドイツの公立の劇場に関する話を書いてみたいと思います。

はじめに、なぜ私がここであえて「歌劇場(オペラ)」ではなく「劇場」と書いているのかを説明します。多くの場合、ドイツでオペラが上演されるのは「Theater(劇場)」と表記される場所・団体です。その大半の劇場が、音楽部門(オペラ、オペレッタ、ミュージカル、演奏会)、舞踊部門(バレエ、ダンス)、そして演劇部門の3つの部門を抱えています。最近では、それに加え子供の為の劇場という4つ目の部門を持つところも少なくありません。そして、それぞれの部門の公演だけではなく、ジャンルを超えた大小様々なイベントも催されていて、街の文化、エンターテイメントの中心となっています。まさにそれは「劇場文化」と言えるもので、オペラはその中の最も大きな部門ではあると思いますが、あくまでも劇場の一部であると感じています。また中には常設のオーケストラ、合唱などオペラ関連の人員を持たず、演劇を中心にした演目が組まれる劇場もあります。そのような劇場を含めると、ドイツ全土には約140の公立の劇場が存在します。

大きな街には「Oper(オペラ)」の名称を有しているところもありますが、ドイツ全体でみればごく一部です。例えばベルリンにある3つのオペラ、ベルリン州立オペラ(Staatsoper Unter den Linden)、ベルリン・ドイツ・オペラ(Deutsche Oper Berlin)、ベルリン・コーミッシェ・オーパー(Komische Oper Berlin)、そしてミュンヘンのバイエルン州立オペラ(Bayerische Staatsoper)、ハンブルク州立オペラ(Hamburgische Staatsoper)。その他には、前回の記事内で紹介したデュッセルドルフとデュイスブルクのライン・ドイツ・オペラ、ライプツィヒ、ケルンの市立オペラなどが挙げられます。これらの「Oper」と名称にあるところは、オペラだけでなくバレエも上演される音楽と舞踏の2部門で構成されているところも多く、私個人の感覚ですが、日本語の「歌劇場」という表記を使っても違和感はないでしょう。

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シュトゥットガルト州立劇場のオペラ・ハウス、州立オペラ、シュトゥットガルト・バレエの会場。

中にはシュトゥットガルトの州立劇場(Staatstheater Stuttgart)の様に劇場の部門ごとに、シュトゥットガルト州立オペラ(Staatsoper Stuttgart)、シュトゥットガルト・バレエ(Stuttgarter Ballett)、 シュトゥットガルト演劇(Schauspiel Stuttgart)と別々の名称がつけられているところもあります。同じ様にドレスデンのザクセン州立オペラであるゼンパーオーパー(Semperoper)は、ザクセン州立劇場(Sächsische Staatstheater)のオペラ、バレエ部門であり、フランクフルト・オペラもフランクフルトの市立劇場(Städtische Bühnen Frankfurt)のオペラ部門です。また上に例として挙げたライプツィヒ・オペラは、ゲヴァントハウス・オーケストラがピットに入って演奏するオペラ、バレエに加えてオペレッタ・ミュージカル部門がある3部門の劇場で、オペレッタ・ミュージカル部門は"Musikalische Komödie"との名称があります。オペラ、バレエとは違う専用の劇場で上演され、そこに専属の歌手のアンサンブル、常設のオーケストラ、合唱、バレエも所属しています。

ドイツの劇場には大小様々な規模のもが存在しますが、多分皆様が想像する様な大きな「オペラ・ハウス」的なものはその中のごく一部にすぎません。ドイツのオペラが上演される劇場の座席数上位5つ(ここで話題している常設のオーケストラのある劇場)を挙げると、ミュンヘン州立オペラの会場であるミュンヘン国民劇場(Nationaltheater München)が2101席、続いてベルリン・ドイツ・オペラの1859席、ハンブルク州立オペラ1690席、シュトゥットガルト州立オペラ1404席、ベルリン州立オペラ1396席と、1500席を超えるところは3つしかないのです。ちなみに有名なドレスデンのゼンパー・オーパーは約1300席。常設のアンサンブル、オーケストラを持たない劇場ではクラシック以外での使用も多いバーデン・バーデン祝祭劇場が2500席でドイツ最大の会場で、夏の音楽祭で使用されるバイロイト祝祭劇場が1937席となっています。

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ミュンヘンのバイエルン州立オペラの会場であるミュンヘン国民劇場(Nationaltheater München)

これらの劇場のピットに入りオペラやバレエ、ミュージカルの公演で演奏する事が主な業務である団体をここでは「劇場オーケストラ」と便宜上定義していますが、そこに厳密な規定があるわけではありません。またベルリン・フィルが毎年イースターの時期にバーデン・バーデンの音楽祭でオペラを演奏する様に、シンフォニー・オーケストラや室内オーケストラもプロジェクトによってオーケストラ・ピットの中でオペラやバレエを演奏する事もあります。もちろん劇場オーケストラも、ピットに入る仕事のだけでなくオーケストラ単独での定期演奏会、特別演奏会、そして子供向けのファミリー・コンサートなどを開催しています。また中にはライプツィヒ・ゲヴァントハウス・オーケストラやデュッセルドルフ交響楽団の様に、劇場と演奏会の活動双方に異なる音楽監督がいる場合もあります。

先ほどいくつかの劇場の規模の例を挙げましたが、オーケストラの演奏するオーケストラ・ピットにも大きさの違いがありますが、その大きさは基本的にはその劇場の規模に比例します。ドイツで一番大きなオペラ劇場であるミュンヘン国民劇場(Nationaltheater München、バイエルン州立オペラの建物の名称)のオーケストラ・ピットは通常で最大111人のオーケストラが入る事ができますが、これはドイツで最大規模のオーケストラ・ピットでもあり、バイロイト祝祭劇場の様にワーグナーの"指環"をスコアの指定通りの編成で演奏が可能でもある大きさです。ちなみに先日観に行った「トリスタンとイゾルデ」は、弦楽器の編成が14型(第1ヴァイオリンから順に14-12-10-8-7という人数)での演奏でした。約1300席のゼンパー・オーパーは、この規模の劇場としてはピットが大きくR・シュトラウスの100人を超える編成のオーケストラが演奏する事ができます。これは戦後再建された後、再度オーケストラ・ピットの拡張工事を行なったためで、これによりそれまでは編成を小さくして演奏していたR・シュトラウスなどの大編成の演目の多くをオリジナルの編成でも演奏する事が可能となっているのは興味深いところです。

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2101席あるドイツ最大のオペラ・ハウス、ミュンヘンのバイエルン州立オペラの会場内部。

しかしその他の劇場では100人以上のオーケストラが演奏できる大きなオーケストラ・ピットはほとんどありません。その為、座席数約900〜1200席程の中規模の劇場(ハノーヴァー、デュイスブルク、マンハイム、カールスルーエ、ダルムシュタット、ドルトムント、エッセン、ニュルンベルク、ヴィースバーデン、ボン、カッセル、ブラウンシュヴァイクなど)の場合、大きな編成の演目の場合でも弦楽器の編成は12型(12-10-8-6-5)程の大きさである事が多く、また管楽器や打楽器を減らして演奏できる様に編曲されている譜面を使用する事も珍しくありません。場合によってはオーケストラ・ピットに入りきらない演奏者を舞台袖、舞台上などの他の位置に配置したり、オーケストラが舞台奥で演奏する事も。この様に制約がある中で、様々な工夫をしてよりバラエティーに富んだ演目を上演しているのです。

より小さい規模の劇場ではもちろんピットもオーケストラもより小さくなりますが、それでもワーグナーやR・シュトラウスなどといった、オーケストラの規模の大きな演目を上演するところも少なくありません。例えば私が頻繁に弾きに行く劇場の1つであるハイデルベルク市立劇場(コルネリウス・マイスター、マリオ・ヴェツァーゴが音楽監督としてのキャリアをスタートさせた劇場でもあります)のオペラを上演する会場は、座席数が約500席とドイツでも小さい部類に入るものですが、ここ2年程に間にオペラではプロコフィエフ「3つのオレンジへの恋」、アルバン・ベルク「ルル」、バレエではストラヴィンスキーの「春の祭典」&「火の鳥」という演目を上演していました(どの演目もヴィオラは6人)。小さな劇場の空間は聴衆と舞台が近く、歌手にとっては無理に声量ばかりを求められる事がないのは大きな利点となります。また編成の小さなオーケストラでも迫力に欠ける事のない音を響かせる事もできるのです。管楽器と弦楽器のバランスをとるのは難しくなる事も多くありますが、深いオーケストラ・ピットとその中の配置によってバランスの欠点を補う工夫をしたりも。こういった小さな劇場の制約がある中での活気ある活動こそ、ドイツの劇場文化というものの奥深さ、底力を強く感じさせてくれるものだと思います。

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ハイデルベルク市立劇場のオーケストラ・ピット

さて次回からはもう少し劇場オーケストラの活動そのものについて、いくつかの例を出しながら紹介していきたいと思っています。また今回掲載した座席数などの情報は劇場や管轄する自治体のウェブサイトを参考にしています。

最後に9月に日本で行う演奏会の宣伝をさせてもらいます。3月の連載にも書かせてもらいましたが、2023年9月7日18時45分から代々木上原のムジカーザでのヴァイオリンの桐山建志さん、大西律子さん、チェロの西沢央子さんとの弦楽四重奏の演奏会に出演させてもらいます。これは桐山建志さんの1999年ブルージュ国際古楽コンクールでの優勝から25年を記念しての演奏会シリーズの第2回として行われるものです。メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲の初演者として知られるフェルディナント・ダヴィットの没後150年記念として、彼の知られざる弦楽四重奏曲を中心としてプログラムを用意しています。チケット、プログラムなどの詳細は下のウェブサイトをご覧になっていただけると幸いです。皆様のお越しを心からお待ちしております。

Office Arches オフィスアルシュ
https://www.officearches.com/concert/2023-07-25/




矢崎裕一

矢崎裕一(ヴィオラ)Yuichi Yazaki

東京音楽大学卒業後に渡独。マンハイム音楽大学修了。在学中よりハイデルベルク市立劇場管、後にマンハイム国民劇場管、ハーゲン市立劇場管に所属。
2005年からハイデルベルク交響楽団の団員としても活動している。現在はマンハイム国民劇場、シュトゥットガルト州立歌劇場、カールスルーエ州立劇場などに客演する傍ら、古楽器奏者としてコンチェルト・ケルン、ダス・ノイエ・オーケストラ、ラルパ・フェスタンテ、マイン・バロックオーケストラ、ノイマイヤー・コンソートなどでバロックから後期ロマン派に至るピリオド楽器演奏に取り組んでいる。シュヴェッツィンゲン音楽祭にてマンハイム楽派時代の楽器による室内楽演奏会でミドリ・ザイラーと共演。
その他にアマチュアオーケストラの指揮、指導者としても活動中。これまでにヴィオラを河合訓子、小林秀子、デトレフ・グロース、室内楽をスザンナ・ラーベンシュラーク、古楽演奏をミドリ・ザイラー、ウェルナー・ザラーの各氏に師事。
ドイツ・マンハイム在住。
Twitterアカウント→@luigiyazaki


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