★日本語字幕付。ゲルギエフは1990年代にマリインスキー歌劇場とリムスキー=コルサコフのオペラ5篇(「不死身のカシチェイ」「見えざる町キテージ」「プスコフの娘」「サトコ」「皇帝の花嫁」)をフィリップスで録音していますが、今回「金鶏」に挑戦しました。リムスキー=コルサコフ最後の作品で、精緻を極めた作曲技法とほとんど魔術的なオーケストレーションで織りなす幻想的な音世界をゲルギエフが見事に再現。ブルーレイ+DVD各1枚同封、日本語字幕付で作品を完全に味わえます。
★「金鶏」は1906年、リムスキー=コルサコフ62歳の作。当時のロシアは前年の日露戦争、同年1月には「血の日曜日事件」など不穏な空気に包まれていました。彼はペテルブルグ音楽院長でしたが、ストライキを起した学生たちを擁護したため免職となりました。そうした苦しい状況下で「金鶏」は作曲されましたが、精神も技術も冴えわたっているのに驚かされます。全篇が皇帝とその取り巻きへの当てこすりと嘲笑に終始していて、その才気煥発なエネルギーと露骨さは後年のショスタコーヴィチ以上の凄さ。モスクワのボリショイ劇場で1908年に初演が予定されたものの、皇帝を愚弄しているとの理由で検閲にひっかかり上演を禁止され、リムスキー=コルサコフは上演を観ることはありませんでした。
★原作はプーシキン。責任感も決断力もない愚王ドドン、彼を滅ぼす東方の女王シェマハ、狂言回しの占星術師によりシリアスな英雄譚ではない邪悪で愚かな人間像を描いています。
★ドドン王役はウラジーミル・フェリャウエル。2010年以来マリインスキーのバスを務める逸材。立派な髭をたくわえ、近年同劇場のワーグナーの「ワルキューレ」のヴォータン役で当たっていますが、ここでは愚かな君主をコミカルに演じて新境地を開いています。またシェマハの女王役のアイダ・ガリフューリナも近年注目のソプラノ。タタールの血をひき、東方の女王役にぴったりで難技巧の要求される「太陽の賛歌」も東洋風味が絶妙。ゲルギエフの指揮もコントロールが効き、幻のように神秘的な音響を繰り広げます。
★さらに興味深いのは、映像作家のアンナ・マティソンが撮影のみならず舞台監督も務めていること。彼女のマリインスキー舞台監督デビューのみならず、衣裳も担当しています。マティソンはCGIと実写のミックスに試みました。彼女はおとぎ話としてではなくファミリー・ストーリーとして描き、子供たちにとっては陽気で鮮やかな物語、両親には含蓄深い寓話となっています。旋律美と筋のライトモチーフがよくわかるようになっていて、3Dを駆使しています。
◆レコード芸術 2017年9月号 特選盤