★クナッパーツブッシュはバイロイト音楽祭で、1951年(1回)、56年(1回)、57年(2回)、58年(2回)の計6回、「指環」の指揮をとりました。このうち、56年・57年・58年の全曲ライヴ録音は他社の復刻CDでも陽の目をみていますが、もっとも出来が良く、夢のような豪華歌手陣をそろえて魅力的なのは、今回世界初SACD化になる57年盤です。
★57年8月のライヴ音源は伊チェトラの<チェトラ・オペラ・ライヴ>シリーズで世界初(市販)LPが発売されました。キングレコード(セブンシーズ)はその音源元(DISCOS, Milano)が制作したアナログ・マスターテープから1979年に国内盤LPを発売(GT-7030/2,7033/7,7038/42,7043/7)。今回、なんと37年ぶりにキング関口台スタジオでマスターリールを開巻、ダイレクトにDSDとPCMに変換しつつ、マスタリングを行ないました。デジタル機器・技術の進化はめざましく、LP時代の音質がいっそうリアルに改善されています。そしてクナの超絶的演奏!一世を風靡したバイロイト・オールスターズを指揮して、史上空前ともいうべきスケール感でワーグナー《指環》の世界を現出しています。
★このレコードの演奏について―― 渡辺 護
クナッパーツブッシュは戦後バイロイト音楽祭が再開された1951年から、彼の死の前年1963年まで、1953年の例外を除いては、毎年この音楽祭を指揮した。戦前のバイロイトの歴史にかがやくハンス・リヒター、フェリックス・モットル、ジークフリート・ワーグナーのような大指揮者の伝統を継ぐべき専門のワーグナー指揮者は、戦後はクナッパーツブッシュひとりということになる。(略)
クナッパーツブシュの演奏が悠揚迫らざるテンポを持ち、その音楽が大河の如く、また洋上の大波の如く、うねりを持ち流れていく――といった特徴を持つことはよく知られている。しかしそのスケールの大きさの底には、てこでも動かせぬような重量感があってそれがこの「指環」の表現に大きなプラスとなっていることは疑いを容れない。(略)
このレコードの歌手陣も大したものである。戦争直後の荒廃期からようやく立ち直って、いわば土灰にまみれて、その存在をすら忘れられていた名歌手たちが、今やその全貌を現して、この芸術の殿堂にこぞって集合したかの感をあたえる。たしかにこの、ウィーラントとクナッパーツブッシュのコンビの時代は、歌手たちもふくめて、バイロイトのひとつの盛期であり、「群星の輝く時代」であった。
しかもここに出演している歌手たちには、おのずから一種の様式的統一がある。今日の歌手たちにはいくらか希薄になってしまったドラマ的表現力を、このレコードの歌手たちは充分そなえており、しかも一時代前の歌手たちに見られるような音楽的なくずれが無いのである。(略)
ホッターの演ずるウォータンは、独特の柔らかみを持つ美声に無比の力強さを発揮している。・・ジークフリートを演ずるアルデンホッフも、ヴィントガッセンも、若々しい張りのある声で実に見事に歌っている。・・アルベリヒを歌うナイトリンガーや、ファーフナーとハーゲンを歌うグラインドルはこのころが最高の時期・・・・ジークリンデを歌うニルソンも、彼女の右に出るワーグナー・ソプラノは今日も見当たらない。ヴァルナイは最もブリュンヒルデらしいブリュンヒルデだ。(以下略) (1979年記)
(解説書には生前ドイツでクナの演奏会に接してきた、ワーグナー研究の権威、故・渡辺護氏のLPライナーノートを転載します)