★バッハの『フーガの技法』は対位法芸術の最高峰であり、バッハ書法の究極とも言うべき作品です。しかし演奏にあたっては、鍵盤楽器で弾けるように書かれていながら楽器指定がなく、また曲順をどうするか、未完フーガを含めるか否かという問題がつきまとう謎に満ちた作品でもあります。楽譜は出版譜の他にいわゆる「ベルリン自筆譜」(Mus. ms. Bach P 200)が残されていて、曲数や曲順、譜面の各所に違いがあります。このアルバムでは自筆譜を採用し、「完成した作品」として演奏することが試みられています。
★自筆譜の曲順と曲種を読み解くと、バッハがそこに「数の象徴」を盛り込んでいたことが分かりました。BACH をアルファベット順に数字に変換すると2-1-3-8 となり、バッハはその合計数 14 を象徴的に作品に潜り込ませていたことが知られています。自筆譜の『フーガの技法』は基本となるフーガがまず 2 曲、次に半終止(ラ、A の音!)で終わるフーガが 1 曲、そして反行形や対主題を伴うフーガが 3 曲、最後に複雑さを極めていく8 曲というように構成されています。8 曲のセクションは 2-1-2-1-2 と細分化でき、拡大・縮小を伴うフーガ、カノン、多重フーガ、カノン、鏡像フーガ(正立 + 倒立で1 曲とする)と書法が発展していきます。
★バッハは曲集のタイトルを「Die Kunst der Fuga」としました。フーガの綴りだけイタリア語になっています。これは上記の方法で数字に直したとき158 になり、「Johann Sebastian Bach」もまた 158 になる、という数遊び。1+5+8=14(BACH)、というのもバッハは気に入っていたようです。
★このアルバムではアンサンブルでの演奏が採用されています。スコアの音域に即した楽器が選択され、各種ヴィオールが美しく響き、机上の空論的な楽曲と思われがちな『フーガの技法』から驚くほど音楽的な対話が生まれています。オルガンは通奏低音として入ったり時にソロで弾いたりとアレンジも面白く考え抜かれていて、最後に未完フーガを添えているのも嬉しいところです。アッカデミア・ストゥルメンターレ・イタリアーナはこれまで Stradivariusや DIVOX に録音があり、今作が Challenge Classics での初作品。リーダーのアルベルト・ラージはサヴァールに学んだヴィオール奏者です。
★国内仕様盤には演奏者自ら書いた解説を日本語訳して掲載。相当な読み応えで、『フーガの技法』への指南書としても十分な価値を持つ内容です。ベルリン自筆譜版への理解も深まり、またバッハと周囲の人々がいかにしてこの高度な曲集をまとめ上げ完成させようとしたのかが窺い知れる貴重な文章となっています。
◆レコード芸術 2020年11月号 特選盤
公式動画:
https://youtu.be/sNsmoH5U2B0