**【ジョン・アダムズ・エディション 誕生の背景】**
現代アメリカを代表する作曲家、ジョン・アダムズ。戦後のアメリカでもっとも影響力が強く、また高い人気を誇ります。ベルリン・フィルは、2016/17年シーズンのアーティスト・イン・レジデンスに作曲家として初めてジョン・アダムズを迎え、シーズンを通して彼の作品を様々な指揮者が演奏しました。この「ジョン・アダムズ・エディション」は、その特別なシーズンの記録とベルリン・フィルがこのように同時代の作曲家を取り上げ、新しい作品の紹介と普及に努めていることの証となるでしょう。アダムズの音楽は、決して難解ではありませんが、その音楽の圧倒的迫力、音響的快楽を世界最高峰のオケで存分に味わうことができます。
**【次期首席指揮者ペトレンコ】**
このエディションには、様々な指揮者が登場します。中でもこのエディションの注目ポイントのひとつ、キリル・ペトレンコによる≪ウンド・ドレッサー≫です。
2017年3月23日に行われたこのコンサートは、2015年6月21日にペトレンコがベルリン・フィルの次期首席指揮者に選ばれ、その後初めての登場となった記念すべきコンサートです。≪ウンド・ドレッサー(包帯係)≫はアメリカの詩人ウォルト・ホイットマンが自らの戦争における看護体験を綴った詩を題材とした楽曲。このコンサートではモーツァルトの≪ハフナー≫とチャイコフスキーの≪悲愴≫に挟まれるようなかたちで演奏されました。彼とベルリン・フィルの相性を知るうえで、貴重な録音となるでしょう。
**【アダムズ、指揮者としてベルリン・フィル、デビューを飾る】**
アダムズ自身による演奏の作品≪ハルモニーレーレ≫と≪シェヘラザード2≫。2016年9月に行われたベルリン・ムジークフェストの枠でベルリン・フィルに客演した時の演奏で、何と指揮者としてのデビューも飾っています。1985年に初演された≪ハルモニーレーレ≫。「サンフランシスコ湾の大きなコンテナ船が、宇宙船のように空に向かって飛んで行く」というアダムズ自身が見た夢から啓発されて書かれた作品で、冒頭ではホ短調の和音が祝砲のように繰り返し鳴らされます。続いてヴァイオリン協奏曲≪シェヘラザード2≫。これはアダムズがパリのアラブ世界研究所に展示された《千夜一夜物語》の展覧会、特にシェヘラザードの像にインスピレーションを受けて書かれた作品。「この物語の多くに見られる、女性への当たり前のような暴力から、私は今の時代毎日のように接するニュース映像について熟慮するようになった。それで独奏ヴァイオリンを主人公にした劇的交響曲を作曲するというアイデアが生まれた」とアダムズは語ります。この作品では具体的な物語が描かれているわけではありませんが、暴力や抑圧を非難する彼のメッセージが込められています。宗教の狂信者に追われ、裁判にかけられるシェヘラザードは、フィナーレでついに自由を見出すことになります。2015年の初演者であるリーラ・ジョゼフォヴィッツがソロを務めています。
**【ドゥダメルのロス・フィル就任記念委嘱作品】**
ドゥダメルによる≪シティ・ノワール≫。ドゥダメルがロサンゼルス・フィルの首席指揮者に就任した記念公演で初演され、大きな成功を収めた作品。3楽章から成り、1940年代から50年代にかけてアメリカ社会の雰囲気を退廃的に描いたフィルム・ノワールの影響を受けて書かれました。アダムズは1980年代から90年代に多用したミニマル音楽の要素を抑え、冒頭ではストラヴィンスキーからガーシュイン、バーンスタイン、ミヨー、さらにジョン・コルトレーンまで様々な音楽的要素を散りばめています。さらに中間楽章ではジャズのリズムが加わり、50年代初頭のアメリカに聴き手を誘うでしょう。その後に登場するトロンボーンのソロは、デューク・エリントン楽団の2人の名トロンボーン奏者をイメージしたものだとアダムズは語っています。
**【アラン・ギルバートによる疾走感溢れる2作品】**
日系アメリカ人指揮者のアラン・ギルバートは、活気あるリズムと明るいオーケストレーションの《ショート・ライド・イン・ア・ファスト・マシーン》とサイモン・ラトルの40歳の誕生日に際して書かれた音楽《ロラパルーザ》の2つの作品を取り上げています。
**【ラトル指揮による大作、セラーズとアダムズのコラボレーション】**
このエディションのメイン・プログラムである、オラトリオ《もう1人のマリアの福音書》は現・首席指揮者ラトルが振ります。2015/16シーズンに同じくアーティスト・イン・レジデンスを務めたピーター・セラーズが演出したもの。「もう1人のマリア」とは、マグダラのマリアのこと。2012年にロサンゼルスで初演されたこの音楽劇では、キリストの受難が、彼に最後まで付き添い、最初にその復活の証人となったと言われる彼女の視点から描かれています。アダムズとセラーズの共同作業の目的は聖書を書き直すことではなく、新約聖書と旧約聖書、中世の神秘主義者、20世紀の女性解放や政治の活動家、さらにホロコーストの生存者からの引用をコラージュして台本を編纂しています。カウンターテナーによる3人の福音史家を始めとする歌手陣にも注目です。
**【世界的な写真家ヴォルフガング・ティルマンスによるアートワーク】**
この「ジョン・アダムズ・エディション」のアートワークには世界的な写真家ヴォルフガング・ティルマンスの作品が使われています。ティルマンスのスナップ的ポートレートが各ページにあしらわれた幻想的な装丁となっています。
**ヴォルフガング・ティルマンス**
1968年、ドイツ生まれ。1980年代末より写真を撮り始め、1992年にロンドンへ移住後はカルチャー誌で活躍。1993年にケルンで初めて本格的な個展を開催。
風景や静物、ヌード、抽象的プリントワークなど多様な形態で作品を発表し続け、ファインアートとして高い評価を集め、2000年はイギリスで最も権威ある現代アート賞、ターナー賞を受賞。2015年にはハッセルブラッド国際写真賞受賞している。
**ジョン・アダムズ**
1947年、アメリカ合衆国東部ニューイングランド地方、マサチューセッツ州ウォーセスター生まれ。1965年ハーバード大学音楽学部に入学。卒業後、サンフランシスコ音楽院で教鞭を執り、現代アメリカで最も尊敬を集める作曲家のひとりとなった。代表作に管弦楽曲《シェイカー・ループス》《和声学》、オペラ『中国のニクソン』『クリングホファーの死』など。同時多発テロ犠牲者追悼曲《魂の転生》でピューリッツァー賞受賞。指揮者としても、世界各地の名門オケに客演している。
◆レコード芸術 2018年2月号 特選盤 特設サイトはこちらから→
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