★2022年ザルツブルク音楽祭で上演されたヤクブ・フルシャ指揮、バリー・コスキー演出によるヤナーチェクのオペラ《カーチャ・カバノヴァー》の映像がリリースされます。
ヤナーチェクは生涯全9作のオペラを作曲。初期の2作《シャールカ》と《物語の始まり》では成功を収めることができませんでしたが、3作目のオペラ《イエヌーファ》が1916年にプラハで再演されると、その後ウィーン、ケルン、ベルリン、ニューヨークでも上演され、ヤナーチェクは初めて国際的に評価されることとなりました。当時すでにヤナーチェクは60歳をこえていましたが、彼の創作人生は実り豊かな時期に突入、《利口な女狐の物語》(1922/23)、《マクロプロス事件》(1923–25)、《シンフォニエッタ》(1926)、《グラゴル・ミサ》(1926/27)、そして最後のオペラ作品《死者の家から》(1927/28)まで、数多くの作品が人々に受け入れられています。
本作《カーチャ・カバノヴァー》は、ヤナーチェクの6作目のオペラ作品。ヤナーチェクの創作の根源には女性の存在が大きく関係しており、特に晩年想いを寄せた38歳年下の人妻カミラ・シュテスロヴァーへの想いが彼の創作意欲をかき立て、数多くの作品が生まれています。中でも弦楽四重奏曲第2番 「ないしょの手紙」が知られていますが、この《カーチャ・カバノヴァー》もそのひとつで亡くなる前に彼女に捧げられています。
アレクサンドル・オストロフスキーの戯曲「嵐」を原作とし、19世紀中ごろロシアのヴォルガ河畔の小さな町カリノフを舞台とした内容。姑(カバニハ)にいじめられ、頼りない夫(チホン)への当てつけに不倫をする妻(カチェリーナ)。田舎の町で自由のない窮屈な生活の中、町の裕福な商人ヂコイの甥っ子ボリスと出会い結ばれますが、罪の意識に苛まれ最終的にはヴォルガ河に身を投げるという話。ヤナーチェクの音楽による登場人物の心理描写が秀逸。不倫を決意する際のかわりゆくカーチャ自身の心情を歌ったアリアは印象的。またボリスと結ばれる際の輝かしい音楽やカーチャが不倫を告白する場面での緊迫した音楽など、ヤナーチェクの鋭い洞察力と卓越した筆致で人間の心理を克明に描いた傑作です。
カーチャを歌うのは、モニューシコの《ハルカ》で主役を演じたソプラノ、コリーヌ・ウィンターズ。感情の起伏を見事に表現した名演技をみせています。そして最後にカーチャの亡骸を前に取り乱す息子チホンを横目に世間体だけを気にした冷淡な姑カバニハを歌うのは、バイロイトの常連歌手エヴェリン・ヘルリツィウス。迫力の歌声を聴かせます。
舞台装置は大掛かりなものは一切ありませんが、後ろ向きの大勢の人々(マネキン)がずらっと舞台に並び、現代にも通ずるような人々の無関心、無関係の人々の好奇の目、田舎町の閉塞感を静かにそして強烈に表しています。
トレイラーはこちら→
https://www.youtube.com/watch?v=uMBh1KEDy8E