宇野功芳の音盤棚

unauの無能日記⑦

今月はフランス音楽なのでフランス料理の話を。 この世の中にフランス料理ぐらいおいしいものはない。ということは、やはり魚よりも肉の方がおいしいということだ。もっとも、フランス料理の場合、白身魚などは日本料理に敵わないが、貝、イカ、ウニなどを使ったオードヴルは日本の懐石を大きく上まわる。まさに至福の世界だ。 eeb7e4b96b28a0e12244c344914e3ca7_m※画像はイメージです。

フレンチのもう一つの、重要な楽しみはワインである。これあるからこそフレンチの味はいっそう(何倍も何十倍も)引立ち、料理とワインがマッチしたときのすばらしさは筆舌に尽くしがたく、陶酔境に誘われる。 唯一の欠点はそのワインが高価なこと。ユーロが高くなり、今までは1本1万6千円ぐらいで満足できた赤ワインが、やがて2万円になり、今や2万5千円ぐらい出さないと良いものに出会えない。料理を二人で2万円とすれば、ワイン1本がそれより高く、食前酒などを加えればアルコール類の比率は大変なものになる。でも、それこそがフランス料理なのだ。

17e4d79bccd2ce873c7c0feb8fd0c83a_s※画像はイメージです。

だからワインが飲めない人はフランス料理のすばらしさの一割か二割しか分からないことになる。安いワインですませるのも、かえってもったいない。ぼくの友人で、お酒はビールでさえ一滴も飲めない人がフランス料理にはまり、努力の結果、なんとワインだけはボトルの半分以上飲めるようになった。今ではソムリエではないがフランスのワインの資格を持っている。人間の一念というのはおそろしい。

しかしお酒はすべておいしい。日本酒、ビールはもちろん、ウィスキー、焼酎、なんでもすばらしいが、ベストはワイン、次いでウィスキーだろうか。ウィスキーはシーバスリーガルの21年物を好むが、年代物の方が味の良いウィスキーでさえ寿命は50年、ワインは100年といわれる。100年物など飲んだことはないが、先日リシュブール、'58年をご馳走になった。ブルゴーニュ特有の酸味がすべて甘味に変り、その濃厚、複雑な味わいと香りは今までの最高といって良かった。ブルゴーニュは寿命が短いし、旅に弱いと聞いているが、これならボルドーの古酒以上である。因みにぼくが飲んだ最古のワインはシャトー・ポンテ・カネ'50年だが、'58年のリシュブールの方がはるかに上だった。

古酒といえば本場ボルドー市のル・シャポー・ファンで飲んだシャトー・カロン・セギュールの'75年が今もって忘れられない芳醇さだった。赤坂のシュマンで味わったシャトー・グラン・ピュイ・デュカスの'60年、グラン・エシェゾーの'78年もすごかった。とにかく古酒の魅力に一度とりつかれたら、もう終りなのである。

シュマンはワインの値段も良心的、料理も最高の一つだが、すでに他誌に書いたので、今回はぼくの行きつけのもう1軒、ラトリエ・ドゥ・ジョエル・ロブションについて書いてみたい。フレンチではシュマンとロブションの2軒を交互に訪れている。

ジョエル・ロブションがフランス人随一の天才シェフであることはよく知られている。パリの三つ星店にも何回か通ったが、50歳のとき引退を表明、がっかりしていたところ、やはり天職から離れることが出来ず、カウンター形式の気楽なラトリエを世界各地に作りつつあり、恵比寿にはもっと高級なジョエル・ロブションもある。しかし今のぼくにはそういう店は量が多すぎ、もっぱらラトリエに通うのだが、ここはロブションの粋ともいうべき究極の洗練された料理が、毎回ほとんど変らずにメニューに並んでおり、何よりも2分の1のお皿を用意しているのが嬉しい。形式ばらず、たった一品だけ食べて帰るのも自由、お酒もビールだけでOK。

今年の6月に行ったときは、①冷たいトマトのガスパチョ、②ホワイト・アスパラガスのソテー、③フォアグラのラヴィオリと5種類のハーブ入りブイヨン・スープ、④和牛のタルタル・ステーキを注文したが、ブイヨン・スープ以外はすべて2分の1量。そのほかにサービスで、最初にイベリコ豚の生ハムが供された。ここのイベリコ豚を食べたら、よそのものは食べられない。料理はすべて今までに何回も食べたものばかりだが、心からの満足感は毎回変らない。タルタル・ステーキのなんというおいしさ!当日は選ばなかったが、イワシも、温野菜の盛合せも、手長海老のパピヨットも。仔羊もすべて最高。とくに仔羊は他のどの店よりもおいしいと思う。シュマンのようにカエル、仔牛の腎臓、ウサギなどはないし、冬のジビエも置いてないが、値段を抑えているので仕方があるまい。だからこそシュマンと両方に足を運ぶのだ。

デザートの「日向夏を蜂蜜でマリネに、ソルベを詰めたクリスタルのチューブとヴェルヴェーヌのジュレ」も目がさめるような美味だったが、この日飲んだ赤ワインにどうしても触れなければならない。シュマンのような古酒がないのが残念だし、値段も概して高いが、この夜はソムリエがすすめてくれたブルゴーニュのニュイ・サン・ジョルジュ・プルミエ・クリュ、'98年が大当り。この店では以前エシェゾーの新酒をすすめられ、その華やかさにおどろいた経験があるが、ニュイ・サン・ジョルジュにはたくさんの造り手があり、味のムラが多い。このところ、はずれてばかりで、酸味ばかり強く、こくのないものを飲みつづけていたが、この日の造り手はドメーヌ・デ・ペルドリ、久しぶりにバランスの良いブルゴーニュの一級を堪能した。'98年といえば9年物、ブルゴーニュとしてはまさに飲み頃を迎えたところであろう。

パリにもラトリエ・ドゥ・ジョエル・ロブションがほとんど同じ作りであるが、東京の方が断然おいしい。これは両方の店を体験した人が異口同音にいうことである。シュマンもパリの二つ星クラス。だから、だんだんとフランスに行く足が鈍ってしまうのだ。ともかく店を出たあと、連れの家人や友人と、「本当にフランス料理はおいしいね、最高だね、また来たいね」と口々に言いながら帰途に着くのである。

2007年9月記
[宇野功芳]

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