6月下旬から7月末にかけて、3年ぶりにパリに行くことが出来た。昨年、一昨年は体調が今ひとつだったからだが、今年は好調に旅をつづけられた。しかし帰国後の時差の後遺症はひどく、やはりこれが最後のような気がする。
今回はパリを起点にして、ローザンヌ、ブダペスト、ウィーン、プラハをまわったが、メインをローザンヌとし、10泊滞在した。フランスが好きなあまり、同国はすみずみまで出かけたが、スイスのフランス語圏を忘れていたのだ。すばらしかった。なによりもレマン湖のほとりのこの町は景色が最高だ。毎日、美しい湖とアルプスを眺めながらの生活は、たとえば南フランスに行くよりもずっとおすすめである。料理は当然フレンチ主体で、食材こそフランスに比べて限られているが、味は一級だ。西洋ワサビをふんだんに効かせたタルタル・ステーキなど、フランス本国よりもおいしいくらいだった。
パリに戻ろう。ブダペストとプラハが良くなかったせいか、いっそうパリの空気がぴったりと体になじんだ。建物の美しさ、芸術性も比較にならない(その点、今回はウィーンが大いに気に入った。この町はたしかに以前に比べてきれいになった気がするし、ホテルなどの対応も向上した)。
パリに着いて真先に行きたかったのはオランジュリー美術館。なにしろ改装に5年もかかり、再開を待ちかねていたからだが、いささかがっかり。この美術館、本来はモネの「睡蓮」が0階(日本の1階)にあったのだが、それを地下に移したため効果が半減、その批判に応えるために元の階に戻したのだ。たしかに「睡蓮」は生き返った。しかし、そのためにぼくの大好きなルノワールがせまい廊下に移され、光も弱いし、他の画家の作品とごちゃまぜになって窮屈なことこの上ない。以前はルノワールだけでゆったりと一部屋とり、その美しい色彩に恍惚、毎日のようにオランジュリー、オランジュリーと通ったのだが、もう駄目だ。モネは地下でもそれなりに良かったので、ものすごく残念! 結局パリ滞在中、一度しか行かなかった。
絵では日帰りで出かけたデン・ハーグのフェルメール2点がやはり最高だった。いま日本にダブリン(アイルランド)の「手紙を書く婦人と召使い」が来ており、これをフェルメールの第1位に推すファンが多い。ぼくもさっそく見に行ったが、第1位は「デルフトの眺望」、第2位は「手紙を書く婦人と召使い」「真珠の耳飾りの女」が並ぶ。この第1位と第2位がともにデン・ハーグの同じ部屋に向き合って掛けられているのである。だからパリに行くと必ず日帰りで往復するのだが、見れば見るほどすばらしく、とくに「デルフトの眺望」は見る度に涙が出、新しい発見がある。今回は修復したらしく、絵の下半分がすごく鮮明になり、感動の極に達した。
話は料理に移る。以前この欄でけなした"ラトリエ・ドゥ・ジョエル・ロブション"。同じ作りの店が東京にあり、味は問題なくパリより上だった。その東京の店がまずミシュランの二つ星をとったのに、パリの店は星一つ。ロブションの怒り狂う顔が目に見えるようだ。おそらくシェフも交代させられたのだろう。今回おそるおそる行ってみたが、ほとんど東京店に比肩する(ということは、やはり東京の方が良い)。ミシュランの星も今年二つになった。こんなカウンターだけで、一皿だけでもOKというような気楽な店が二つ星を取るなど、よほど料理が絶品でなければ不可能なこと。まさに天才ロブションならではだ。二度も足を運んだが、何を食べてもおいしく、ワインは一度目が珍しいムルソー(ブルゴーニュ)の赤2006年、二度目はやはりブルゴーニュのマゾワイエール・シャンベルタン2001年、ともに大正解であった。
それにしても両方の店を訪れた日本人はみな東京の方が上だという。日本人の味覚は世界一だと思う。いや、味覚だけではない。ぼくの友人にこの夏まで3年間、横須賀の米海軍基地司令官をつとめていた大佐がいるが、退職したら日本に住みたいといっている。日本人の繊細さ、親切さ、心遣い、その他エレベーター、エスカレーター、新幹線などのスムーズさ(技術力)は世界一だという。われわれはもっともっと自信を持って良いし、そのことを若者にも伝えてゆかなければなるまい。
料理といえばウィーンの一流ホテルで食べた牛フィレ・ステーキがこちこちの最悪だったので、これもパリから日帰りでボーヌに行き、ブルゴーニュ特産のシャローレ牛(白い牛)のステーキを口直しに食べたが、いや、そのおいしいのなんの。ウィーンはたしかにホイリゲなど、昔より良くなったが、本格的な料理は相変わらずだった。
今夏のヨーロッパは寒い日が多く、良く晴れた日にパリの公園のベンチにすわっていると、日射しが暑すぎ、そうかといって日影に移ると今度は北風が寒く、セーターを着ずにはいられない。とにかく着たりぬいだり、実にせわしない。でも、それだけ空気が乾いて清涼だということだ。フランスはファッションの国で、パリジェンヌは美しさの代表のようにいわれているが、ぼくはそうは思わない。意外に美形は少ない。むしろドイツ、オーストリアの少女、そしてイタリア、スペインなどにすばらしい美人がいる。インドのお姫様の美しさなど、形容し難いほどだが、それでもぼくはフランス人がいちばん好きだ。フランス人は冷たいという人が多いが、親しくつきあってごらんなさい。もうしつこいほど情が深い。そうなるのがいやで、わざと冷たくしているようにしかぼくには思えないのである。
2008年1月記 [宇野功芳]